
これはどうなんだろう。
自分が癌になったら兄弟には知らせておく必要はありだと思う。
無用な心配をかけるのも良くないような気がするけれど。
後で「癌」になったことを知らされなかったことを悲しく思ったりするかもしれない。
万が一、手術の事故で死んだりする可能性もゼロじゃない。
どちらにせよ手術することは伝えておいた方がいい。という結論に達した。
余命宣告でも受けていたならば、残された家族のことをお願いしておかないといけないので、とっとと電話をかけるだろうけれど。
「いきなり突然のことで悪いんだけど気にかけておいてほしい」
ぐらいは言うかもしれない。
だがしかし、今回のケースでは僕は多分死なない。ステージ1らしいので。
死なないけれど、癌になって手術をするという話は伝えておいた方がいいと判断した。
脳腫瘍の摘出手術とかなら失敗して死ぬかもしれないが、今回は胃を切除するだけなのでよほどのことがなければ命を落とすという可能性は低そうだ。
既に両親は鬼籍となり、肉親と言えるのは兄だけだ。
お互い子供も居るし家族に囲まれているので、天涯孤独というわけではない。
現在置かれている状況を振り返っても、とくに寂しいことはない。
久しぶりに、電話をかけてみた。ここからは、すぐに電話に出た兄との会話だ。
「もしもし久しぶり。元気にしてるかい?」
「うん、 久しぶり」
「突然で悪いんだけれどちょっと伝えたいことがあって今、時間大丈夫かな?」
「大丈夫だよ」
「そっか・・ちょっと自分、癌になってしまってさ。 手術することになったんだよね。」
沈黙・・・・
「本当に?どこの癌?」
真っ当な質問だ。もし兄の立場だったとして自分はこんな風には、恐らく言えないんじゃないかな。と思う。
「胃がん。胃袋を多分全摘出すると思う。」
「・・・・」
沈黙。
「それで・・大丈夫なのか?」
「今のところはどこも痛くないし、何の自覚症状も無いから問題無いよ。」
「そっか・・」
「ちょっとショックで言葉が出てこないよ・・・・」
そうだろうなあ。と思う。
久しぶりに電話をかけてきた兄弟家族から「癌になったんで手術する」だからね。
誰でもそうなるだろうなあ。と思いつつも話を先に進める。
「そういうわけで、多分手術では死なないと思う。もし何かあったら、申し訳無いんだけどウチの家族のことよろしくお願いしたいと思って電話したんだよ」
僕の口から出る言葉はこれでおしまいだった。
「判った。未だに信じられないよ。声はとても元気そうなのに・・」
それはそう思う。

恐らくみんな僕のことを可哀想な気の毒なツイてない奴だと思っている。それは間違いないだろうと思う。
でもそれは実際そうだし、周囲の人間からしたらなんでお前が癌なんかになっちゃうんだよ。って思う人もいるだろうな。
でもなってしまったものは仕方ないのだ。悲観的になったところで何か意味のある答えはもう出てこない。
悲しむのは先送りすることにした。
「そらそうだよ。自覚症状も痛みも何も無いからね・・・・」
「淡々としゃべってて、まるで自分に起こった出来事じゃないみたいだな」
自分でもそう思う。今はとても元気だ。
というかいまだに僕自身に「自分が癌でほっとけば死んでしまう病気を抱えている」という自覚が芽生えてこない。
「まあ・・。ジタバタ泣き叫んでも癌が消えてなくなるわけじゃないし・・」
「それはそうだな」
「判った。スマホに状況をいれておいて欲しい。家族には伝えておく。」
そのあと少しお互いの家族の事なんかを話して、電話を切った。
こんな感じで、唯一の肉親に対して癌の報告は終わった。
結構どんなふうに伝えるか悩んだけどまあこんなもんだろう。弟としての義務は果たした気がする。
そんな義務があるのかも良く判らないけれど。
そういえば母親が癌になった時、二人して手術の付き添いに故郷に帰ってきたことがあったのを今思い出した。
それぞれ別々の場所で仕事していたから、九州までの移動は長旅だった。
まあ飛行機で2時間、空港から1時間ぐらいで帰って来られるんだけど。
夕方の病院の手術室の前で、母親の手術が終わるのを二人して座って待ってたっけ。
あのときの夕方のオレンジは今でも覚えてるんだよなあ。
そうだった・・・
うちは癌の家系だった。
なーんだ。
忘れていただけか。